千里走单骑

『単騎、千里を走る。』 チャン・イーモウ監督 高倉健主演

言葉を超えた心の交流。息子への一途な愛が、たくさんの人の心を揺さぶり、心と心をつないでいく。

テーマはそんなところでしょうか。

だけど、すみません。
高倉健演じるところのお父さん、意固地すぎませんか?




どうしても仮面劇を撮影したいと言い張って、そのためにいろんな人に迷惑をかけまくって、
それが最後にになって、

「撮影はやめます」

ですと???
もう自分の息子が死んでしまったからですか?
息子さんのためにと、それを思って、みんなが動いてくれたのではなかったのですか?

なんか、この点がひっかかかって。
ストレートに感動できませんでした。

主人公、高田の意地っ張り行動(息子を思う気持ちからでたものとはいえ)とは対照的に、中国側の人たちの優しさが心にしみます。

夜遅くかかってくる電話にもちゃんと対応してくれる通訳さん。
お礼もとらずに難しい交渉をとりもってくれ、遠くの村まで一緒に行ってくれる健一の友だち。
村総出で、たぶん徹夜をしてまで、高田とヤンヤンを探してくれた村人たち。
一度ならず二度までも、規則をまげて、高田のために撮影を許可してくれた、刑務所主任。

そんなにたくさんの人たちの優しさを感じていたはずなのに、
最後になって、それをふみにじるようなことをしてもいいのかなあ。

一人の日本人の片意地と、たくさんの中国人の優しさの対比をしたかったんでしょうか?
ちょっとうがちすぎ??

コミュニケーションについて考えさせられる2シーン。

ヤンヤンの村の人たちが、「自分たちの言い分を直接通訳しろ」と迫り、長時間にわたる議論になる。
それが、高田が「村長たちの気持ちはよくわかります」と、一言いったとたんに、OK となる。
気持ちを直接伝えるのがいかに重要かということを言いたいんでしょうね。
心の通じ合いというのは、結果を見るだけではないんです。
プロセスを経て、気持ちをわかりあうことが重要。

もう一つは、言葉がなくても心が通じるというシーン。
ヤンヤンとの別れのシーンですね。

使い古された手ではありますが、「言葉がわからなくても心が通じる。」
そういうことは私も何度か経験しています。
そういう心の通じ合いというものは、忘れがたいものです。

雲南省の村の様子、まわりの景色などが美しいです。
少数民族の衣装に興味ある私としては、きれいな衣装をもうちょっと見せて欲しかったなあ。
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by hastings4245 | 2006-02-28 06:44 | 映画
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